人生 ああ鱈腹味わいたい

毒親疑惑の親が高齢になりまして・・・

母の晩年

70代後半からの母は、だんだん足腰が衰え

ものごとに興味もなくなり、ほぼ1日中

薄暗い茶の間でぼーっとして過ごしていた。

実家に帰ってその姿を見るとドキッとした。

いえ、もっとストレートに言うと

怖いものを見たときのように、ゾクッとした。

 

こんな薄暗い部屋にいると気が滅入るでしょと

灯をつけると、眩しいから消して、暗い方が

落ち着くと言う。

 

何かに関心を持ってもらおうと、母の好きそうな

ビデオ、雑誌、ゲーム・・・

そうそう、当時少しブームになっていた

「大人の塗り絵」も買った。2、30色がセットに

なった色鉛筆とともに。

 

でも、ほとんど興味を示さなかった。私の一人

よがりでしかなかったのだ。私のいいと思う

価値観を押し付けていただけかもしれない。

 

何か欲しいものは? したいことは?

どんなときが楽しい?

聞いても「なにもないよ」と無表情に答える。

 

そんな母を見ていて気がついた。

誰かを嫌いだとあれこれ言うとき、

人の噂話しをするとき、

何かを嫌いだ変だと言うとき、

母の目がイキイキし、声にハリが出ているのだ。

 

近所の同年代の友達がきてくれて、しばらく

楽しそうに茶飲み話をしていても、帰った途端に

その人の悪口を言い始める。

 

そして父への愚痴がますますひどくなった。

父は難聴で補聴器をつけていたのだが、

母の話が聞き取れないことが時々あった。

そんな時に母はカンカンになって怒った。

耳が聞こえないのだと私がいくら言っても、

「無視してほんとに腹が立つ!このXXX!」

放送禁止用語で怒鳴る。

 

普通の人が高齢になってそんなふうになったら

認知症を疑うだろう。

でも母は何十年も前からそんなふうだったのだ。

ごく軽度の認知症もあったかもしれないが・・・

 

そして、私には「老後の世話を頼むね」

「ちゃんと面倒みてね」と口癖のように繰り返した。

 

数年前、そんな母が入院した。

私はかなり無理をして、病院と父のいる実家に

頻繁に通った。時間的にも体力的にも限界を

超えていた。何よりも精神的に無理をしていた。

 

「もう、嫌だ!病院も実家も行きたくないー」

子供が駄々をこねるように叫びながらも

何かに強制されるように通っていた。

 

今になって振り返ると、どうしてあんなに無理

をしたのだろうと思う。

母も父も大好きで、会いたくて仕方がないと

いう人がそうしたのならわかるが。

私の場合は会ったら苦しくなるとわかっていた

のに、どうして自分をそんなに追い込んだのか。

 

もしこの先、同じようなことがあったときは

つまり父になにかあったときは

けっして無理はせずに、自分にできることを

精一杯しようと思う。

自分が嫌がっていたら、その気持ちを認めて

あげよう。心にフタをするのをやめるのだ。